『日本正體術協會』探訪記~その2~

第2回『日本正體術協會』探訪記!

7月4日(水)に、お休みを利用して日本正體術協會について調べてみました。

前回(『日本正體術協會』探訪記)は渋谷図書館での資料探しでしたが、今回はお目当ての渋谷区立中央図書館での資料探しです。

入館すると早速カウンターで、『1925年 大日本職業別明細図之内 渋谷町』と『1928年 大日本職業別明細図之内 町名地番改正渋谷町』の2冊を資料請求しました。

係の方が2階に案内して下さり、当該カウンターにいた職員の方に上記資料を出してくれるようにお願いして下さいました。

出てきた資料は持ち出し禁止の管内閲覧のみの資料です。

近くの大きな机に資料を広げて、早速『日本正體術協會』の探索に入りました。

『職業別明細図之内』というのは、該当地区の当時の『タウンページ』のようなもので、例えば『病院』であったり、『鍼灸院』であったりが職業別や名前順などに書かれている資料です。

1925年は大正14年、1928年は昭和3年です。

この時期には現在の代々木駅近くにあったはずで、代々木駅は渋谷区であることから、上記資料に出ているものと仮定して調べていました。
※東京府下千駄ヶ谷町八百三十三番地(大正15年12月)

しかし、資料のほとんどは渋谷町のもので、千駄ヶ谷町の職業別明細図之内は出ておらず、探索は空振りに終わりました。

そこで、資料を返しながら、職員の方に『大正から昭和の初めにかけて、日本正體術協會というのが千駄ヶ谷町にあったはずなのですが、何か探せる資料はないでしょうか?』と質問したところ、『そういうことに一番詳しい者を連れてきます』といって、60歳前後の男性を連れてきて下さいました。

その方と一緒に該当しそうなあらゆる資料を調べたのですが、『日本正體術協會』と『高橋迪雄』の両キーワードを発見することが出来ませんでした。

しかし、その中でわかったことがあります。

例えば『千駄ヶ谷町誌』では、当時の当該地区著名人が多数記載されているのですが、高橋迪雄先生の名前はありませんでした。

高橋迪雄先生の本が『国立国会図書館にも残っている』という話をしたら、『昭和人名事典』と『大正人名事典』も出して下さったのですが、どちらにも高橋迪雄先生の名前はありませんでした。

つまり、高橋迪雄先生は、当時では名の知られた著名人で無かったことになります。
※昭和人名事典は昭和8年出版なので、この時期までに著名でなかったのか?ちなみに野口晴哉先生もこの本には出ていません。

さらに『東京地年表図(記載を間違えたかもしれません)』という、当時の該当住所の所有者がわかる資料も出して頂きましたが、日本正體術協會の場所や高橋迪雄先生の住んでいたと思われる番地の所有者は、全然知らない名前の方であることから、高橋先生の所有地でなかったことが分かりました。

つまり、店舗や住宅を借りていたか、借地に日本正體術協會の建物や自宅を建てていたことが分かりました。

結局、『分からないことが分かった』だけでしたが、当時はあまり有名でなかった可能性が高くなりました。

今後はまた別の資料から、探索を続けていきたいと思います。
もし、何らかの資料や情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ぜひお知らせ下さい。
宜しくお願い致します。